自宅で学ぶゲルソン療法後の健康食


 

「本当の健康食は、どこにあるの?」

 

食生活・医学ジャーナリストとして、また、ゲルソン療法を伝えるアンバサダーとして、日々さまざまな方々と交流しながら健康情報に触れてきた私は自問を繰り返してきました。

 

20世紀初頭にがん治療の食事療法を確立し欧米で定評を得ていたドイツ人医師マックス・ゲルソンの偉業を『がん食事療法全書』(徳間書店)として日本人に初めて紹介したジャーナリスト今村光一先生とのご縁から、ゲルソン療法の取材と教育に携わって間もなく、「ゲルソン療法で元気になったら、その後はどんな食事をすればいいですか?」という質問をいただくようになりました。「がんの治療食を知っているなら、病気ではない人の健康食はもっと簡単なはず。だから教えて欲しい」、というのが皆さんの真意でした。ところが、これは簡単なことではありませんでした。

 

ゲルソン療法は深刻な病気からの回復を目指した食事療法で、末期ガンの完治例が多くて有名ですが、この療法は食事だけでなく、患者さんの治療環境を厳密に管理して結果を得ます。その期間は2〜3年を要し、患者さんとそのご家族は日常生活のすべてを設計し直す必要に迫られます。決して楽な闘病生活ではありませんが、世界的にも定評のある療法なので、実践するに値するものと意を決して取り組むかたが増えています。ゲルソン療法を実行するとき、患者さんとそのご家族のベクトルは「病気治療」という方向で一致団結し、それが最優先の日々になります。患者さんの体で起こることは「病的な代謝から、健康な代謝への変換」で、代謝の軌道修正が無事完了すれば闘いの日々が終わります。

 

一方、病気ではない人は多様なベクトルを持って生活をしています。健康志向ではあっても、それは日常生活の優先順位第1位ではありません。育児・介護・仕事・家事に追われながら、趣味を持ち、学問に取り組み、社会のなかで自分らしく生きていこうとしています。私の取材経験から言えば、同じ代謝パターンを持つ人はいません。また、ライフスタイルの変更により、同一人物でも代謝パターンは生まれてから死ぬまでの間に何度も変化します。代謝パターンが違うということは、それぞれの体を稼働させるのに最適な燃料は異なるということです。つまり、健康食を考えるとき、十人十色の代謝と目的に合わせたオリジナルデザインの食事が必要です。

 

ゲルソン療法のような治療食で元気になった元患者さんも、かつて自分を病気にさせたり、その病気を治せなかったような「ふつうの食事」に戻ろうとは思っていません。自分らしい生活に合わせたオリジナルデザインの健康食を求めています。ゲルソン療法の教育機関であるゲルソン・インスティテュートは、元患者さんの健康食の参考にと「ヘルスメンテナンス・ガイドライン」を示しています。しかし、もっと詳細なガイドと知識教育を望む声が次第に増えてきました。

 

ゲルソン療法の取材と教育を進めるなかで、健康食の探求を同時進行させる余裕はありませんでしたが、ゲルソン療法を学びに来る方々のなかに、玄米菜食、マクロビオティック、甲田式食養生、中国薬膳食、アーユルヴェーダ、ローフード、ナチュラルハイジーン、ファスティング、血液型別ダイエット、パレオ食、ジュース断食、糖質制限食など、古今東西さまざまな食養生の実践者や指導者が含まれるようになり、幸いなことに広く浅く知識を得ました。しかし、うまくいく人もいれば、それで調子が悪くなる人もいるのを知りました。

 

「本当の健康食は、どこかにあるのではなく、自分のニーズに合わせて自分で作るものではないだろうか?」

 

 

うっすらとした気づきを確信に近づけてくれたのが、キャサリン・アレクサンダー氏でした。2005年にサンディエゴで出席したゲルソン療法の専門家ワークショップで、受講生全員に配られた医家向けのゲルソン療法指南書の一冊がキャサリンの書籍でした。キャサリンは、ダイエタリー・ヒーリングの教師である前に、ゲルソン・セラピストとして実績を重ねていました。彼女の自然医学の恩師、ローレンス・プラスケット博士は生化学者としてマックス・ゲルソン医師の食事療法がどのように治療効果を出すのかを研究し、それを授業でキャサリンに教えていたのです。この事実を知ったときから、私は彼女の仕事に特別な関心を持つようになりました。

 

その後、健康食ガイドとして書かれた「ダイエタリー・ヒーリング」を読み、内容にぐいぐいと引き込まれながら、収録されていた一枚の写真に目を奪われました。パートナーと一緒に、キャサリンが幸せそうな笑みを浮かべている写真でした。今でも大好きな写真です。仕事柄、さまざまな食養生の実践者や指導者のみなさんと知り合う機会がありますが、健康食の方針で夫婦や親子、家族の意見が一致していることは、残念ながら稀なようです。独身なら問題はありませんが、二人以上で暮らす場合、食事内容を分けたり、お互いの妥協点を見い出しながら、思い立った人が遠慮がちに食事改革を進めるのがふつうです。その食事には誰かが不満を持っている、ということになります。遠慮や不満を持ちながら食べる食事は消化に悪く、もちろん楽しくなく、幸せでもありません。これでは健康食にはならない、と思っていました。ところが、キャサリンの笑顔には、窮屈そうな素振りがありませんでした。キャサリンの日常を知りたくなり、この写真がオーストラリア行きを決める最後の一押しになりました。試験的に始めていたダイエタリー・ヒーリングの連続講座に熱心に通ってくれていた作家のS.K.さんもこの旅に同行してくれました。

 

 キャサリンの講座ではおそらく日本から来た初めての生徒だったはずですが、他の生徒から浮く暇もないほど、全受講生は朝から夕方まで数日間続く彼女の講義に引き込まれ続け、集中していました。なかには、ゲルソン療法でがん治療を終えた後の女性もいて、若いお嬢さんと一緒に参加していました。キャサリンと一緒に写っていたのは、ステファン・アレクサンダー氏で、やはりキャサリンの現在の夫でした。キャサリンが講義を行う間、すぐ近くのキッチンを出入りしてじゃがいもを入れたオーブンの様子を見に来たり、ガレージで作業をしたり、庭で犬と遊んだり、休憩時間のお茶の準備をしたり。その様子から二人の暮らしが平和で幸せなのがわかりました。「ダイエタリー・ヒーリング」の書籍編集術をキャサリンに教えたのもステファンでした。「キャサリンが作る料理は大好き。世界のいろいろな料理を作って食べることも好きなので、ぼくは、自由に食事を楽しんでいるよ」、というのがステファンのスタンスでした。自身の健康状態にフィットした食事指針を持つキャサリンと、いろいろな食事を自由に楽しんでいるステファン夫妻。彼らが住むクイーンズランド州マレニーは、持続可能な社会を目指すパーマカルチャーの聖地のような場所で、自給自足、オーガニック、自然療法、地域通貨といった言葉が絵空事ではなく息をしている土地。夫妻をとりまくコミュニティーや環境全体からも刺激を受ける旅になりました。内陸部のマレニーとその東海岸のサンシャインコーストで印象的だったのは、高齢の方たちが幸せそうに見えたことでした。高齢の夫婦が一緒にスーパーで買い物をしていたり、通りを手をつないで歩いている光景をよく見かけました。ここには、日本人の私たちがもっと健康で幸せな暮らしを実現するために学ぶべきことがあるのかもしれないと思い、夫妻とは「ダイエタリー・ヒーリング」の日本での普及と書籍の日本語訳出版を約束して帰国しました。

 

代謝の問題が複雑化している病気、とくにがんの治療には、ゲルソン療法のような徹底した治療食が必要で、キャサリンも同じスタンスです。ダイエタリー・ヒーリングの知識は、ゲルソン療法を終えたかた、厳密な治療食を必要としないけれども健康問題を改善したいというかた、すでに実践している何らかの食養生を自分に合わせて改良したいかた、などに学んでいただければと思っています。

 

私自身も、まだ「ダイエタリー・ヒーリング」を学び始めたばかりです。皆様とダイエタリー・ヒーリング研究会で一緒に語り合い、学び合えることを楽しみにしております。